九月のアジの食を書く。九月のアジは、釣り師にとっての日々の魚である。乗合船の船賃が手頃で、女子供にも釣れて、しかも食って美味い。釣り宿の看板に「アジ・サバ釣り乗合」と並ぶ通り、東京湾内の出船はこの月、アジが主役のひとつになる。今年の主軸は東京湾の乗合船。富山湾と長崎五島は別の年の宿題として、本稿の末尾に短くだけ触れる。実訪問の記録はこの稿の末尾に追記する。
アジの食は派手ではない。家庭の食卓の常連で、刺身、たたき、なめろう、塩焼き、フライ、なまぼし。どれも特別ではないが、釣ったその日の鮮度で食えば、市販品とは別物になる。九月の食の段取りは、釣ったアジを家でどう捌くかが半分、外でどこに上がって何を食うかが半分、ということになる。

九月のアジ釣りで、一番特別な食は「沖膾」——おきなます——である。釣ったアジを船の上で叩いて、酢みそか辛子みそで食う。船の上で、釣りたてのアジをぜいごだけ取り、頭ごとナタのような刃物で、まな板の代わりの板子の裏でみじんに叩く。これに酢みそをかけて食う。海上のあちこちから、トントコ、トントコ、というアジを叩く音が、昼飯どきになると聞こえてくる。釣り師の昼ごはんの合図である。乗合船によっては、船宿の女将が酢みそや辛子みそを用意してくれるところもある。船の上での沖膾は、料理屋では再現できない食物で、九月の釣行に出る本懐の半分はここにあると言ってもいい。
船を返してから、港の食堂で一杯やる。これも乗合船の正しい締め方である。東京湾の出船港——金沢八景、観音崎、大貫、富津、木更津、青堀あたり——には、どこにも昔からの船宿系の食堂や、漁師相手の定食屋がある。釣ったアジをその場で刺身か塩焼きにしてもらえる店もある。これは店ごとの流儀で、事前に確かめておく必要がある。千葉県青堀は釣法・歴史の章でも書いた、わずか四ヒロの浅場で客の餌までむきながら客の倍も釣ってしまう、という名人船頭の伝説の港である。今もこのあたりの船宿の食堂で、地アジを出すところはある。
釣法の核心は「棚を読む」ことに尽きる。アジは中層を泳ぐ魚で、その日の水温・潮・餌の状況によって、海底から一ヒロ上で食う日もあれば、二ヒロ・三ヒロ上で食う日もある。最初に「魚層」を見つけた釣り師が、その日の釣果の主導権を握る。そして見つけたら、それを他の釣り師に悟られないようにする。ここに、アジ釣り独特の駆け引きがある。最初は底から一ヒロのところでコマセを撒いて釣り始める。次は一尺上で撒く。その次にまた一尺上で。こうして魚を上へ上へと誘い上げていくと、棚は二ヒロ三ヒロ上に上がり、たぐる距離も短くて済むようになる。他の人はまだ底で釣っているから、釣れない。気づいた釣り師が「これは変だ」と思って覗いてくる。すると、たぐっている釣り師は、わざと多くたぐったような手つきで、本当の棚を隠す。「空たぐり」と呼ぶ動作である。釣り師は意地が悪いというより、優越感を楽しむのである。乗合船のひとつの暗黙の風習で、これを知らないと、見えないルールに振り回されることになる。私は隠す側に回ったことがほとんどなく、たいていは底で見当外れな撒き餌をしている方の人間である。
現代ならアジ専用の片天秤、コマセ用のビシ六十号から八十号、ハリスは二号で枝バリ二本、針はムツ針十号前後。クッションゴム、サニービシ、棚取りのカウンター、リールは中型両軸。乗合船で借りられる道具一式で釣れる。和竿時代のアジ釣りはもともと「手釣り」が主流であった。船宿が貸す竿は粗末で、釣り師は道糸を直接手で握り、糸の細い震えで魚信を取った。船頭が「棚を取る」のを目で覚え、それに合わせて手で糸を出し入れする。手釣りの何が良いかと言えば、魚の食いつき方が掌にダイレクトに伝わる、その感触に尽きる。「手バネ釣り」とも呼ばれ、関西の箱作・淡路島周辺では昭和中期まで主流であった。鈴付きの二尺ほどの鯨穂外通し竿に二本針、というのが手バネ釣りの典型的な仕掛けである。餌は、東京湾の伝統ではアサリのむき身を主とする。アサリの殻を割り、貝のヒモを針に掛け、ワタの部分を叩いてコマセ袋に詰める。一個のアサリを餌とコマセに使い分ける、合理的なシステムである。

料理は、釣ったその日に船上で食う「沖膾」が、アジ釣りの楽しみの中核を占める。船の上で、釣りたてのアジをぜいごだけ取り、頭ごとナタのような刃物で、まな板の代わりの板子の裏でみじんに叩く。これに酢みそをかけて食う。陸に上がってから家でやる場合は、青じそ・生姜・葱を加えて細かくたたき、刺身としても食う。これが「たたき」「なめろう」の類で、温かい飯に乗せ、ねぎと醤油を回しかければ「たたき丼」になる。関東各地の漁村で素朴な食べ方として残っている。釣りすぎて困った時の処理法もある。船頭が背開きにして塩を振り、船の屋根に干しておくと、帰る頃にはひと潮の干物——「なまぼし」——ができている。これを家で焼くと、市販の干物とは別物の風味になる。
東京湾の乗合船の段取りを並べる。朝、五時起きで金沢八景か観音崎の船宿へ。船宿で朝の挨拶をして、船賃を払い、座席のくじを引く。午前、乗合船で出船。アジ船の主役の時間。棚を読みながら、コマセと仕掛けを操る。「空たぐり」の駆け引きを横目に見ながら、自分は底で見当外れな撒き餌をしている。昼、船上で沖膾。釣ったアジを船頭に叩いてもらって、酢みそで食う。麦酒は釣り中だから飲まない。午後、釣り続行。夕方、船を返して、港の食堂で塩焼きと冷酒一合。釣りの仲間と、釣果の自慢話と惨敗話を半々に。夜、家に帰って、釣ったアジの一部をたたき丼にする。残りは三枚におろして冷蔵庫へ。翌朝、なまぼしを焼いて朝飯。乗合船の沖膾を一度経験すれば、釣り暦の九月のページがその記憶でずっと埋まる。今年はこの一日に絞る。
富山湾は、釣りはほどほどに、富山駅前の氷見きときと寿しで富山湾五貫盛りと地酒一合、というのが帰路の本筋になる。長崎五島は、フェリーで島に渡って、寿司割烹ひなかのか心誠で釣った金アジを持ち込み、冷酒二合で島の夜を閉じる、という腹案がある。どちらも一日では足りない旅程で、東京湾と同じ年に詰め込むのは無理がある。別の年の九月に、改めて起こす。
この欄は釣行を終えてから埋める。何を食ったか、店はどうだったか、腹案からどれだけ外れたか、外れた先に何があったか。



