輪島、漆と海と鍛冶のあいだで — 2023年8月の記録

探訪

輪島、漆と海と鍛冶のあいだで — 2023年8月の記録

Chiaki Kato

記録 2023.08.19 掲載 2026.06.11

漆芸家・桐本滉平を訪ねて輪島へ。山里の工房で漆を語り、夕暮れの海で和竿を振ってアオリイカを釣り、野鍛冶ふくべ鍛冶でイカ割き包丁と能登マキリを見た。地震の四ヶ月余り前、輪島の日常を歩いた三日間の記録。

漆芸家を訪ねて、輪島へ

2023年8月17日、石川へ向かった。輪島塗八代目の漆芸家、桐本滉平くんを訪ねるためだ。和竿は漆を塗る。だから漆の本場で漆の話を聞くのは、いつかやらねばと思っていたことだった。この旅には日本草木研究所の古谷智華も一緒だった。

着いた先は、山里に建つ日本家屋だった。家屋の懐の深さ、山里の風景の細やかさ。ご実家の工房にもお邪魔させてもらった。漆という、ひとつの素材を中心に、家と土地と人がゆっくりと回っているのが見えるような場所だった。

卓の上には黒漆と朱漆の器が並んでいた。漆がどう採れて、どう塗り重ねられ、どう肌に馴染んでゆくのか。話のすべてに、輪島という土地の重みが滲んでいた。

工房で素材のブロックを手に取り、やり取りする場面

夕暮れ、和竿でシャクる

夕飯まで時間があるというので、海へ出た。漆塗りの和竿で、アオリイカを狙ってシャクる。漆を塗った道具で、漆の産地の海に立つ。それだけで、釣果以前にもう何かを得ている気がした。

夕暮れの輪島の海で、和竿はゆっくりと弧を描いた。和竿で釣れたアオリイカ。夜の輪島市街を歩きながら、桐本くん案内ののと吉さんで卓を囲んだ。アラの酒蒸し、アラの刺身、夏タラの昆布締め、バイ貝の刺身、鱧の唐揚げ、アゴ出汁のそうめん。

刺身は、揚浜式という昔ながらの製法で作られた塩で食べる。海水を砂に撒き、太陽と風で蒸発させ、結晶を集める。能登の塩の話は、舳倉島の海女文化や、知られざる伝説の話へと枝分かれしていく。民俗学的に紐解くに面白そうな半島だ、と何度も思った。

夜、のと吉ののれん前に立つ板前と女将

五十年眠っていた竿が、チヌを釣る

二日目の夜、桐本夫妻と古谷と僕らで、岸壁に出た。桐本くんの奥さんは、石川を代表するチヌ釣りの名手——僕らの呼び方では「チヌ嬢」である。ぜひ和竿を使ってみてほしいとお願いして、五十年は眠っていたと思われるデッドストックの延べ竿を手渡した。

ヘチ釣り、探り釣り。さばき方に貫禄があった。竿はいいしなりで応えた。そしてチヌは、釣れた。釣っていたのは奥さんだけで、僕らの竿は最後まで静かだった。眠っていた竿が、漆の産地の夜の岸壁でもう一度曲がる。デッドストックの和竿を引き継いでいる僕らにとって、これ以上の光景はなかなかない。和竿チヌ嬢の爆誕である。

夜の岸壁で、延べ竿とチヌを掲げるチヌ嬢

ふくべ鍛冶 — イカのためだけの刃物

翌日は能登町へ。昼に寿司処の暖簾をくぐり、直売所で「いかいしる」の瓶と揚浜式の輪島塩を眺めてから、野鍛冶のふくべ鍛冶を訪ねた。明治創業。包丁、農具、漁具、山林の刃物。暮らしのための道具を、使う人ひとりに合わせて打ち続けてきた鍛冶屋だ。100年以上にわたり、能登の農と漁を支えてきた。かつては町内に多くの鍛冶屋があったというが、今はここ一軒だ。

ここで生まれた「イカ割き包丁」が面白い。世界農業遺産に認定された能登の港町は、イカの漁獲高で国内屈指。名産であるイカを手早くさばくためだけに、専用の刃物が生まれた。イカのためだけに刃物がある、というのが能登の在り方を象徴しているように思えた。

もうひとつが「能登マキリ」。北前船で北海道から伝わったといわれる「マキリ」は、シンプルでタフな刃物として、能登の漁師たちに長く好まれてきた。能登マキリは和鉄を使った日本最古のアウトドアナイフと呼ばれている。注文してから一〜二年待ち。釣りで使うのに良さそうだ、と素直に思った。

鍛冶職人が一本一本打ち上げた刃は、形だけで美しい。北前船を介して北海道と石川が文化的につながっている。刃物の話を聞きながら、海の上で運ばれてきた歴史の量を考えた。

ふくべ鍛冶の店内で包丁を手に取る

漆と海と鍛冶と発酵

「能登いかいしる」という魚醤がある。生のイカを塩漬けにし、長い時間をかけて発酵させる。発酵の途中でイカ墨がとけて、液体は真っ黒になる。ナンプラーに似て、もっと黒い。

輪島は漆の街として知られているけれど、その影に隠れて、独自の文化がいくつも眠っている。漆と、海と、鍛冶と、発酵。それらがひとつの半島の上で重なっている。

和竿にも漆が塗られている。漆の産地で漆の話を聞き、漆の道具で釣りをし、漆を採る土地の塩で魚を食べる。三日間の輪島は、漆という言葉を中心に、ゆっくりと回り続けていた。

直売所に並ぶ「いかいしる」の瓶と値札

そして急に、京都へ

三日目、輪島に滞在しているところへ、一通の問い合わせが届いた。それを読んだ僕らは、その日の夕方には京都へ向かうことになる。サイタマ→輪島→京都。消えた京竿を一日で追いかけた話は、また別の記録に書く。

のと吉さんのホスピタリティと、案内してくれた桐本夫妻に深く感謝したい。山里の家、夜の市街、海辺、鍛冶屋の作業場。ひとつひとつの場面が、いまもくっきりと残っている。

これは、2023年8月、地震の四ヶ月余り前の輪島の記録です。

能登の岩礁海岸の夕焼け、潮だまりに残光

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