TABI シリーズ・第一話/全3話 — 開示が段階的に深まる、3本続きの記録。
江戸の釣り師に小粋という構えがあった。さも釣り場に向かうという風体ではなく、ふらりと家を出る。竿は小継ぎにして懐や袂に収め、釣りの支度を見せないまま歩く。道すがら知人に会っても、これから釣りだとは言わない。帰りも同じで、釣れても釣れなくても何事もなかったような顔で戻ってくる。道具を見せびらかす方向に凝るのではなく、道具を消す方に技と気概を寄せる。江戸和竿の小継ぎ技術は、こういう構えと一対になって磨かれてきた。竿を目立たせない。持っていることを悟らせない。
「TABI」はその構えを、旅の鞄の底まで押し込んだ竿である。企画したのは私で、酔狂と言われれば否定しない。旅に連れていく竿が欲しかった。釣りに行くための竿ではなく、旅の荷物に紛れ込ませておく竿である。出先で水辺を見つけたら出す。出さなくてもよい。鞄の底に竿があるという事実だけで、旅の色が少し変わる。そういう竿を竹で作りたいという構想が、ずっとあった。
この構想の根には、ある旅先での後悔がある。水辺のそばに泊まったことがあって、朝、川面に魚がはねるのを窓から眺めていた。竿さえあれば出られるのに、と思った。翌日には次の町に移っていて、あの朝は二度と来ない。後から竿を持って行けばよかったと思っても遅い。旅の鞄に入る竿があれば、ああいう朝を逃さずに済む。けれども持ち歩く竿は小さくなければならない。旅の荷物として許される大きさは、せいぜい鞄のポケットに収まるところまでだろう。そこから逆算して、パスポートの大きさに行き着いた。
江戸和竿には印籠継ぎという工法がある。継ぎ口に細い竹の芯を仕込み、雄竿と雌竿がその芯を介してかみ合う。仕舞うときは穂先から順に太い竿の中へ収めていく。入子のように竿が竿の中に消えていく。この技術を極限まで押し進めれば、仕舞寸法がおよそ二十センチの竿を竹で作ることが原理として可能になる。パスポートと同じ大きさである。江戸和竿の小継ぎはもともと携帯の便を追いかけてきた技術で、真鮒竿にもハゼ竿にも仕舞を短くする工夫が施されてきた。その延長線上にこの竿がある。見えてはいたが、実際に作った人はいなかった。見えていることと形にすることの間には、職人の腕と、それを待てる依頼主の辛抱が要る。
腕のいい江戸和竿の職人にこの構想を持ちかけたのが始まりである。もともとは自分の竿として企画した。当初は並継ぎで仮組みまで進んだが、これほど小さな竿を並継ぎにすると接合部がどうしても抜けやすいことが判り、印籠継ぎに方針を改めた。並継ぎでは振るたびに継ぎが緩む気配があった。印籠継ぎに変えてからは、その気配が消えた。芯が合わさるたびに、こくり、と小さく竹が鳴って収まる。仕上がった竿を箱から出す。二十センチの中から五フィートの竿が現れる。何度つないでも飽きない。
実際に水辺で出してみたことがある。小さなスプーンを投げると、竹の胴がゆっくり曲がって戻り、スプーンが弧を描いて落ちた。この長さの竿でルアーが飛ぶこと自体がまず嬉しい。マスが掛かると、竿の胴全体で荷重を受けて、かなり大変だったが取り込めないほどではなかった。竹がしなりながら魚の走りを吸収していく感触は独特で、カーボンにはない柔らかさがある。竿を介して魚の動きが手のひらに伝わってくる。鞄から出した竿で渡り合えたことについては、あまり得意げに語らないでおく。
旅に連れていく竿として考えたので、名はそのまま「旅」にした。ほかの候補は考えなかった。この竿を持ち始めてから、行き先を決めるときに川が近いかどうかがほんの少し判断に混ざるようになった。地図を見る目が変わる。宿を選ぶ基準に、水辺までの距離がさりげなく加わる。北の渓流を思い浮かべることもあれば、南の汽水域に心が傾くこともある。竿の守備範囲が限られているぶん、行き先は自然と絞られて、却って決めやすい。
箱のことも考えている。竿をそのまま鞄に放り込むわけにはいかないので、江戸指物師に銘木の仕舞い箱を誂えてもらえないかと構想しているところである。竿に箱まで誂えるのは道具立てとしてはやや過剰だが、旅に連れ出す竿には、そういう過剰さがむしろ似合う。
「TABI」を手のひらに載せてみる。確かな重みがある。持っていると、どこかへ出かけたくなる。旅の予定がなくても、そういう気持ちが湧いてくる。行き先は決まっていなくてもよい。竿だけ鞄に入れて、あとは出てから考える。





